朝鮮研究においては合法的な公開情報の分析が大切という当然のことを教えてくれる、三村氏インタビュー

「百聞は一見にしかず」ということわざの意味が身に染みてわかったのは、2003年に初めて朝鮮民主主義人民共和国を訪れたときだった。それまで自分なりに朝鮮のことを勉強してきたつもりだったが、自分の目で見ると、日本での報道がいかに偏ったものであるかを実感することができた。

朝鮮経済の専門家である三村光宏氏のインタビューが朝日新聞(2017年2月16日付)に掲載されていた。三村氏は、私も一度お話しをうかがったことがあるが、40回も訪朝して自分の足で現地の情報を直接収集している、日本では数少ない地に足の付いた朝鮮研究者の一人である。

日本では残念ながら、出所のわからないセンセーショナルな「秘密情報」が、マスコミでもてはやされる傾向がある。それらの「情報」は一面の事実に基づくものもあるが、「北朝鮮崩壊」への期待や報酬目当てで誇張されていたり、体制への嫌悪感が先立つがゆえの誤解も多い。「崩壊論」が叫ばれ出してすでに20年以上が経過していることや、「粛清」されたはずの有力者がしばしば生き返ることからも、「裏情報」のレンズを通した像の歪みがわかる。

北朝鮮ではどうせ自由な取材などできない」「公式発表は信用できない」などと言って、はなから合法的な情報収集の努力を怠る「ジャーナリスト」や「専門家」も多い。たしかにアメリカという超大国と戦争し、いまだに「休戦中」にすぎない朝鮮においては、情報アクセスに大きな制約があることも事実だ。しかし、裏ルートからもたらされる「情報」の断片をいくら集めても、人間が暮らす等身大の朝鮮社会の姿は遠ざかるばかりだろう。

ジャーナリズムや学問の基本は、自分の目と耳と足でこつこつと正確な情報を集めることだ。公開情報を合法的に収集して分析する正攻法が、朝鮮の実像を理解するうえにおいても十分に有効であることを、三村氏のインタビューは示していると思う。

以下、朝日新聞のインタビューからの一部を引用。

――

 ――三村さんは北朝鮮に定期的に入り、足元の経済状況の観察を通じ、国の状態を分析しています。制裁下の北朝鮮がなぜ核開発を続けられるのでしょう?

 「実は北朝鮮の経済は一定程度は安定しているのです。北朝鮮ではここ2年ほど、1ドル(約114円)=8千ウォンというレートが続いていることが証左です。北朝鮮は1998年ごろから『人民が給料で食べられるようにする』ことを目指してきましたが、徐々に実現しつつあると見ていいでしょう」

 「首都の平壌では今、市民の平均月収に企業によってばらつきがあります。40万ウォン(約5700円)程度もらっている人もいれば、給料が高くない場合には、米を安く買える権利などがついていたりします。米は1キロで5千ウォン(約70円)、冷凍イワシは1キロで4千数百ウォン(60円前後)ほど。世帯収入で40万〜50万ウォン(約5700〜7100円)ぐらいもらえば、給料だけでそれなりに食べていける状況でしょう」

 ――移動が制限される北朝鮮でどう調査しているのですか。

 「スーパーを見て回ったり、食堂に入ったりし、消費の動向を見ます。両替所にも足を運び、日本であらかじめ集めておいた情報とも突き合わせる。政府系研究機関である社会科学院の研究者たちとの意見交換からも、北朝鮮の考え方や変化を知ることができます。北朝鮮の国民には今、現政権への期待があると感じます。国民に、経済が向上している実感があるのでしょう」

 ――それは現政権の統治スタイルが奏功している部分もあるのでしょうか。

 「金正恩委員長はプロパガンダにたけています。プロパガンダ重視とは悪く言えばごまかしが得意ということでもある。彼はとにかく国民を鼓舞し、高層マンション群やスキー場など、目に見える形の新たなシンボルを造っている。『社会主義文明国』になるというスローガンでかっこいいもの、世界の趨勢(すうせい)について行くもの、他の国と遜色ないものを造る意識が強く、国民にアピールしています」

 ――現政権は経済発展だけでなく、核開発も進める「並進路線」を掲げています。実際は、どちらに重きがあるのでしょうか。

 「金正恩委員長が打ち出した並進路線には、限られたリソースを経済開発に振り向ける、予算も人的資源も軍事から引きはがしてくるという含意があると見ています。それだけ経済を重視している。国の守りは核抑止力に頼り、軍人という人的資源は経済のために使えるという意味合いもある」

 「軍事を最優先する金正日総書記の先軍政治は、軍に頼らざるを得ない非常時の体制でした。現在は、非常時から通常時の政治に戻す過程です。平壌や羅先を見る限り、街の建設を含めて以前よりよくなっているように見えます。ただしこれは危機から通常に戻りつつあるだけで、飛躍的な経済の向上ではありません。核・ミサイル開発をめぐる制裁のもとで、それは無理な話です」

 ――経済が大きく向上しないなかで、この状況を長く続けることはできないのではないですか。北朝鮮の体制が崩壊する可能性は?

 「崩壊する前提で物事を考えると、国際社会は対処を誤るでしょう。崩壊の可能性がないとは言いません。崩壊に伴う様々な事態に備えることにも意味があるでしょう。ただ私は、経済的に立ちゆかなくなって体制が崩壊するというシナリオは現実的ではないと見ています。北朝鮮は国際社会からの制裁をかいくぐってどう生き延びるのかのいわばプロ、打たれ強いのです。とはいえ、核問題を解決しなければ経済は現状維持か、年数%の成長止まりでしょう」

 ――厳しい経済下でも、なぜ核開発にこだわるのでしょうか。

 「北朝鮮は、米国からの攻撃や韓国による吸収統一を防ぐためには、核兵器で自国を守るしかないと考えているのです。通常兵器で自国を守れるだけの資金も力もない。多数の軍人の生活を保障する必要がない核兵器は、通常兵器よりはるかに安上がりなのです」

 「米国のオバマ政権がとった『戦略的忍耐』という政策は機能しませんでした。戦略的忍耐という名の無視は、8年経って北朝鮮の核・ミサイル能力が圧倒的に高まった現状を見れば大失敗だったように見えます。金日成主席の死去に際し、2代目の金正日政権はすぐに倒れるだろうという米国の見通しはまったく外れた。3代目の金正恩政権でも同じ態度で、無視を続けた結果が今の状況です」